30年前、家族揃って長野にI(アイ)ターン★

 

あの時代は大変でした!

 

親戚も誰もいない地へ

今のように受け入れ体制が整っていない時代です。

 

世田谷時代に親しくしていた友人の友人(陶芸家や染色家)を頼って、

先ずは住まいが見つかるまで何年も汽車やレンタカーで通いました。

せっかく行くんだから、日本昔話のような、茅葺き屋根の

水車小屋(水力発電の為)に、その横には小川が流れてて…なんて、

おとぎ話のような家探しを本気でしておりました。。(笑)

 

色々あって、やっと移住してからは

今度は別の大変さが目白押しで。。

 

当時は田舎にどうして来たの?と、もの珍しさか、

野菜を手土産に見に来てくださる方も結構おられ、

その内、地域で思いを発表して欲しい、フォーラムに出てくれる?

など、当時から少子化や若者減少を懸念する中

益々そんな依頼が、市や県から、

それはもぅ初期の移住促進や啓蒙活動という訳で、

Iターン者として、自ずと協力する立場になっていた。

 

ある時は、仕事も家庭も地域の役もあるのに、

いつのまにか休日に、横浜のランドマークタワーで

北村弁護士も参加の長野暮らしのトークショーまでして。。

オマケに大きなポスターのモデルにもなり、今思うと、

チト、お恥ずかしい(笑)。。

そんなこんなを、30年も前から質疑していたというお話。。

 

それで今、長野移住者が一体どれだけ増えて、

現状はどうなっているのか、、追いかけてはおりませんが、

この宿にもチラホラ、

そういう思いのお客様がおいでになられます。

 

それぞれの流れやタイミングも御座いましょうが、

できる範囲で宜しければお話し致します。。

 

 

私共が30年前に一家で移住したこの信州は、

いまだに、

土着の心根の良さ素朴さ、空気も食べ物も美味しくて、

大地の風も爽やかだし、夜空の星だって澄み切って綺麗。。

厳しさも含め、ズッと何も変わらない!「宝の楽園」のまま。。

 

つくづく、こういう宝に感謝し、当たり前と思わず…

 

いまにも世の中が無機質な人や物で押し潰されそうな

はてな?の時

 

諏訪には縄文という「キー」もあったり、

神社仏閣、癒しをくれる天然温泉天国でもあり、

世界級の大自然も控えております。

 

 

太古の昔からズー〜ッとこの地にある数々の宝物。。

知れば知るほど、、奥深さに感電してしまいます♪

 

 

 

どうぞ、まだのお方、もぅ20回も来てるというお方、

何度でも、減るモノじゃございません。

改めて、この諏訪の良さを再発掘して下さいませ★